悪。
悪とはなんだ?
悪とは闇だ。希望の闇だ。
薄暗がりで蹲る、傷ついた人間を包み込む、希望の闇だ。
そのままでいいんだよ。と。変わらなくても、苦しまなくてもいいんだよ。と。
一切を、ありのままを包み込む、希望の闇だ。
歪なものも、醜いものも、弱く劣ったものでさえ。
そのままでいい。それでいい。なにも、きにすることはない。
全てを許す。すべてを救う。矛盾も道理も超越した、混沌。
人はそれを悪という。
混沌を、闇を、悪と云って、蹴りつける。
光は、変化を望む。
善は、変化を望む。
変化できるものたちの道徳は、我々を「悪」と呼ぶ。
それでいい。
悪は、すべてを包む、最後で最大の、救済だ。
みんながそこで、眠りにつく。
心地のよい、やわらかい闇のゆりかごで。
誰も、邪魔することはできない。
そう言って、王さまは天を見上げます。
真っ暗な、黒い、ひたすらに黒い海を。
王さまは、両腕を伸ばして、両手を、いっぱいに広げて、真黒な海を抱きます。
それは、涙であったり、血であったりするのです。
そういったものが集まって、王さまに抱かれるのです。
王さまの骨ばった腕は、しかしとても大きくて、誰ひとり、落としません。
もう落ちるところがないから?
そうかもしれません。
けれどそれでも、王さまはみんなを抱きしめるのです。
そのために、重く冷たい最奥に、独り座っているのです。
王さまは、悪魔でした。
王さまは、わるものでした。
だから王さまは、だれよりもやさしく、すべてを抱くのです。
「やさしさなんかじゃない。それは、善人のものだ」。王さまは言います。
しかしみんなを抱く王さまのまなざしは、表情は、格好は。
慈悲というものがあるのなら、まさしく何よりも、慈悲そのものであるのです。
傷ついたものたちは、闇の海のゆりかごで永遠に。
安らかに、王さまにいだかれ続けるのです。