原田のゴミタメ。

私が語ることは、すべて接頭に「私にとって」が与えられねばならない。我儘で、自分勝手で、醜く幼い私の誇大妄想。私的な論理の飛躍は決して万人に敷衍されてはならないが、万人が私の妄想を否定したとき、もはや私には生きる必要がないと思われる。せつに、そう思うのである。

古い物件

 

土淵川沿いをにこにこ(※)しながらゆくと、弘高下駅の左手に古びた物件が見えてくる。
その物件は蔦に覆われており、往来に面した入り口に「whiskey」とあることから酒場の類であることが見て取れる。
日中は死んだように静かであるが、日が落ちると暖かい明りが灯り、側面のくすんだ窓から室内の様子が見える。
私は道すがら何度かその室内を覗いたことがあるのだが、果たしてその内装は外観を裏切るものではなかった。
濃い木材を基調とした落ち着きのある室内が、オレンジの電球に照らされている。
やはり酒場であるようで、カウンターと、グラスを収める棚、透き通った酒瓶の羅列がそれを裏付ける。
カウンターに並ぶのは不思議な物品ばかりであり、私はこの物件においてはじめて「顔のある三日月」が吊られているのを見た。
その他、顔の大きい男の人形、楽器を模した置物、使われていないランプなど。
入り口の壁面は本棚からなり、漫画を含めた雑多な書物がそれを埋める。
しかし、特筆すべきはやはり翁であろう。
あるとき、カウンターに人影があった。その人物はかなり年を食っているらしく、皴の目立つ細長い頭蓋を有し、額は広く、白い長髪を後ろに束ね、顎からは立派な白髭が垂れる。一見高齢ではあるものの、背筋は良く、浴衣を纏っているように見えた。
ほとんどはカウンターに陣取り、書物を紐解くか、グラスを拭くかしているのだが、ある吹雪の夜、老若男女の一団に囲まれて笑っている姿があった。
小さい女の子が室内を走り回っていたのを見て、おそらくは親戚の集いなのだろうと考えたものだ。
それだけだ。
私はこの物件について、外観と、くすんだ窓から覗き見たことしか知らない。
そして、このまま入らずに眺めていたいと思っている。

 

20/3/3

 

(※ 主に口をⅴの字にしながら、目線は橋の下の鴨に合わせて歩くことを指す)

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